日記

にほんたんぽぽとセイヨウタンポポの見分け方

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ふと道端のたんぽぽを見ていたら、小さい頃は「日本たんぽぽ」と「西洋たんぽぽ」の見分け方を知っていたのを思い出しました。よく得意げになって親と歩いているときに、これは「日本たんぽぽなんだよ」とか言っていた気がします。

 

そして大人になったら、その見分け方をすっかり忘れている自分に気が付いて愕然としました。なんてこったい。1度覚えたことを忘れているってなんかむなしいですね。まぁ、なくても生きていける知識だからすっかり忘れちゃったんですかねぇ。脳のすみっこに追い出されたのかもしれません(1度覚えた記憶は消えないって言いますしね。脳のどこにあるかわからなくなっているとか、引き出せなくなっているとかなんとか…でも記憶してもすぐ忘れちゃうってこともありますよね???うーん、本当のところはどうなんでしょう?)

 

たんぽぽの見分け方

それで肝心の「たんぽぽの見分け方」は忘れているのに、その「見分け方を知っていた」とういうことだけを覚えているっていうのも不思議ですよね。もどかしさ倍増ですよね(笑)

 

そんわけで調べてみました。たんぽぽの見分け方。
ガクが全部上を向いてるのが「日本たんぽぽ」
ガクが一部下に下りてきているのが「西洋たんぽぽ」
なんだそうですよ。

 

こんな見分け方だったっけ???
記憶にございません…なんか違うような気がしないでもないんですが…花の色とかも関係ありましたっけ???どうもなんかしっくりこないんですが…ちょっと記憶があいまいです。

 

 

子どもの記憶力

子どもの頃の方が、いろんな知識持っていた気がします(笑)大人になっていく過程で不要になったと判断されて、記憶が薄れてしまうんでしょうかねぇ…悲しいですね…

 

子どもの頃って、アニメの歌とかも週にいっぺんしか聞けないし、ひらがなだって読めないのに、ちゃんと歌えてましたよね(当時はビデオに録画するなんてそんなにあることじゃなかったんでリアルタイムで見るのが普通でした)子どもの頃の方がやっぱり能力的にすごいことってあるんでしょうね。

 

小さい頃は脳に空き容量がいっぱいあったので、いろんな情報をどんどん吸収してとりこめていたのかもしれないっていうのもあるかもしれないですけどね(笑)渇いたスポンジがぐんぐんと水を吸収するみたいに貪欲にいろんな知識や情報を取り込んでいたのかもしれないですね。

 

子どもの頃はいろんな人の電話番号とかそらで言えたんですが、携帯を持つようになったらもう最初から記憶しようだなんて気持ちもなくなってしまいました。登録しておけば十分みたいな感じになっちゃってます。そんなわけで家族以外の人間の番号なんて記憶してないですね。携帯なくしたら大変です…

 

 

こうやって人がどんどん脳を使うことをやめていったら、機械的には豊かになっていろいろな機器を使いこなせて暮らしは豊かになっていくんでしょうけど、自分の脳は衰えてしまうんでしょうかねぇ…